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2004年07月07日

His name is Joy. ジェンダーの話を少し。

By marfua 2004年07月07日 16:43

私がOLをしていた頃は、ちょうどバブル全盛期でした。
ある仕事場に行っていたとき、そこの社員で六本木を遊び場にしている人がいたの。今考えると、いくら名の知れた会社とはいえ、一介のサラリーマンがよく毎晩のようにあんなところに通えたものだなと。そんな時代もあったのね。
私も何度か誘われて、フィリピン女性のいるお店に行きました。
(ジツハワタクシ、フィリピーナハ大好キデス。北海道ノ色町ニハ大柄ナロシア女性ガ多クテ、辟易シチャウワ。)

そこは芸能人も来る有名なお店で、可憐な感じのフィリピン女性がたくさんいたわ。
彼女たちはショータイムには小さなタンガをつけて、網のトップスで踊るの。トップスっていっても本当にただの網だから、私の手でも隠れちゃいそうなお椀型の胸は、もちろん丸見え。そこにお客さんがチップを挟むという。まあありがちな。

その店にはそういう一晩で何万も稼ぐ女性に混じって、女装のフィリピン男性がいた。彼は日本人男性よりずっと大きくて化粧もすごく濃くて、いわゆるピエロ的な存在だったの。
そんなゴツイ兄ちゃんは、もちろんショーのときは手持ち無沙汰。よく私の横に座っては、見てこのハイヒール、日本じゃこんな大きいの売ってないからアメリカから取り寄せるのよと、やっぱりショータイムには暇な私相手に、ずいぶんおしゃべりをした。そして酔ってくると、聞き取りにくいフィリピン訛りの英語からぶつぶつと呟くフィリピン語になって、店員に蹴りを喰らわされたりしてた。

ふん!何よ、女なんて!とよく言ってたな。
きっと彼は簡単に稼げる同僚の女性や、客として来てちやほやされてる私が憎かっただろうなぁ。
おまけに早めに帰る私の理由が、「ごめんなさい、読みたい本があるの」(しかも「応用物理」とか)。(激爆)
彼の源氏名はジョイ。今でもjoyという単語を見ると、歓喜という名の彼を思い出す・・・。

年がバレるけど、ちょうど男女雇用機会均等法が施行された頃よ。なのにうちの職場では、女性は全員自宅通勤だった。一人暮らしの女性は産業スパイの男に引っ掛かっるかもしれないでしょ。女性はそういう考えで見られてたのね。
男性が圧倒的に多い専門職だし、私より年上の女性は男になんて負けないわっていう感じ、年下の人は女性であることを強調して、荷物とかを男性に持たせちゃうみたいな。
私はそういう中で、性差による不利益を被ることなく今の今までのらりくらりと泳いできたと思う。でもきっと多くの人が、男性であるからとか女性であるからという理由で、いやな目にあってるんだろうなぁ。

私、夫のことを主人でも旦那でもなく夫と書くでしょ。リアルでも公的な場では夫と言ってる。夫婦は主従の関係じゃないもの。
特にジェンダーへの意識のない人が普通に「旦那」という言葉を使うのには何も感じないけど、web日記とかで「会社で女だからってバカにさて、家に帰ったら旦那が・・・」なんていうのを読むと、少し残念よ。

性差から完全に自由な社会というのは、きっと精神的にも自由であるのだろうね。



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