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2004年07月30日

無菌培養の子どもたち。

By marfua 2004年07月30日 15:03

西田幾多郎 『続思索と体験・『続思索と体験』以後』

ただ一つの思想を知るということは、思想というものを知らないというに同じい。

・・・・

「戦争とつくものは読むな」と言った教師 - そらねっと通信局

子どもに嫌な想いをさせたくないというのは良く理解できます。しかし、既に彼らの目や耳になにがしかの情報が届いてしまっているとき、それを覆ってしまうことが果たして本当によいことなのか・・・考えるための手がかりを色々与えることは必要なのじゃないかと思うわけです。

私の親は小学校のときに疎開してた世代。うちの子どもたちは、同居している祖父からも繰言のような戦時中の話を聞かされてる。
でも第二次世界大戦の終結から今年で59年。戦争体験者からリアルな体験談を聞くことなく育つ子どもが、これからは増えていくのね・・・。

いろいろな情報を与えるのは本当に大事。でも、今の教育現場では何かと難しい面もあるよね。
もちろん指導力のない教師というのがサイアクなんだけど、戦争に限らず、思想に関することについて話題にすると保護者の苦情があったりするのよ。
先生だって人間なんだから、いろいろな考えの人がいるよ。子どももいろいろな考えに触れて、そうして育ったとき、自分で判断して選ぶことのできる大人になるんだよねぇ。
そういうことから遠ざけられて、無菌培養で育つ子どもたち・・・。

とはいえ私も、先月水俣・札幌展に子どもを連れて行こうかどうしようか迷った挙句、行かなかったの。
私はちょうどそのころ金鉱における水銀汚染について考察してて、まあタイムリーといえばタイムリーだった。
でも水俣展は、貴重な展示物は魅力的だけど、科学的データよりも社会的背景に重きを置いている感じでしょ。
そこにうちの子連れて行って、はたしてどの程度わかるものか。
環境汚染はわかっても、社会的背景なんて絶対理解できない。とにかくわが子ながら、イマドキの子どもなんですもの。(スンマセン、スンマセン・・・。)
一応パンフレット見せて、行ってみる?と聞いたけど、遊園地でもないし、行く行く!とは言わないよね。
そして私自身は水俣といえば子どもの頃、教科書でかなり詳しくやった世代。当時の社会情勢はわかっているつもりだし、数字の方が興味あるという・・・。(サイエンティストというのは酷薄なものだなぁ・・・。(自嘲))
で、結局やめちゃった。まあこれから大人になっていく上で、いくらでも自分で行く機会があるかなと。f(^^;)ポリポリ

今は何でも手に入る時代のような気がするけど、大人(それも身近な親とか教師とか)が子どもの経験を奪ってるかなと思うことも多々ありき。反省。
そういえば、『お金で買えない何か』とかいうキャッチコピーがあるねぃ。



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