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2007年10月19日

The Book Il Divo デイヴィッド。

By marfua 2007年10月19日 00:33

デイビット
〜どこかにある僕たちの場所〜

僕が8歳のとき、両親は家財道具の全てを引っ越しトラックに詰めこんだ。そして、まるで本当に西部開拓前線=フロンティア*に向かう荷馬車のように、コロラドへ向かった。(*注:アメリカは、かつて西部にむけて開拓をし、インディアンとの境界を開拓前線=フロンティアと呼んだ)最後のトラックが、僕の生まれた街サンディエゴを離れるとき、両親は自分たちの持ち物を再び見ることがあるのかどうか、確信がもてていなかった。うちの家族の全財産といえば、70ドルあまり。でも、幸運の女神が僕の家族にはついていた。道中、ラスベガスに立ち寄って、父さんが25セントをスロットマシーンに入れてみた。すると、なんと50ドルになったのだ。こんな事が起きなければ、僕の家族は、デンバーのコロラドまで辿り着けなかっただろう。そう、ベカスにずっと滞在することになって、そして僕の人生もかなり違ったものになったはずだ。

僕の両親はとても伝統的・保守的だったので、「Leave it to Beaver」*に出てくるような家族だった(*注:1957年から1963年頃までに放送された、コメディ・ドラマ<1970年代の「奥様は魔女」などが、同じジャンルに属する>)。父さんは、Naval Academy を卒業した技術者で、22年も海軍を勤め上げ、海軍少佐に昇進し、母さんは、家庭に入って僕と姉妹を育て上げた。父さんが退官した際、両親は、障害のある子供がお風呂に入りやすくするための椅子の考案に、かなりの財産と時間を費やしていた。数々の不幸が重なって、両親の全財産をこの発明に注ぎこむ羽目になり、家族は深刻な家計・財産の危機に見舞われてしまった。それでも、両親は強さ・気丈さを忘れず、家族に屋根と食べ物を与えるためなら、何でもやると言う気概があった。だから、コロラドについた途端、父さんは仕事にありつこうと、技術系の会社に直行した。

長い面接の後、会社の社長は父にこういった。君の職歴に見合ったような地位をお約束できません。申し訳ないですね。父さんの心は、沈んでしまった。「ところで」と、この社長は、言葉を続けた。机のうしろから現れた社長は、車椅子に乗っていると、父は気がついた。「君は障害者への関心は、相当なものだね。そこで、君のために、新たな役職をここで作ろうかと思う。もし、君がロボット工学を早急にかつ、熱心に学んでくれるというなら、君を雇おうと思う」そして、僕の父はこの話に従った。僕の眼から見たら、父はヒーローだった。自らの手で問題を解決し、かつ、僕たちが屋根の下で再び暮らしていけること、食卓に食事が並んでいること、これをちゃんと保証してくれたから。

おそらく、僕の幼少期はとても衝撃的であったようだ。いかんせん、僕はコロラドに移ったとき、つまり、8歳以前のことを何も憶えていないのだから。記憶の断片だけが、僕の頭にある。父が海軍勤務だったから、2年ごとに移動したことや、父が1980年に軍服を脱いで文民に戻ったとき、状況がとても思わしくない時期で、カルフォルニアで仕事にありつくのが、大変困難を極めたこと等だ。僕の姉は、当時アイス・スケートをやっていて、とても上手かったのでプロになる可能性を秘めていた。つまり、コロラドに移住したと言うのは、それなりに理由があるということだ。僕の両親がコロラドを選択したのは、父の再就職可能性が高いことと、そして、オリンピック・トレーニング・センターが、コロラドスプリング*から、ほんの2時間の距離だったから(注:米空軍の士官学校)。



カテゴリー: 2007-10-2Il Divo
コメント

まーふぁさん、KAOさん。
感謝・感謝ただ感謝あるのみです。あれだけの翻訳や
掲載大変だったことでしょうに。
新刊本、読みたいと思いましたが英語は無理とあきらめていました。
それなのにこんなに詳しくそれも4人とも!!!
漏れ聞いていた、David・Seb・Ursの子供時代、いろいろな体験をしたから今の彼らがあるんだと、
しみじみ痛感しました。
20代で成功したのではなく、(それぞれいい仕事をしていましたが)成熟した30代でのデビューによって、成功に酔うことなく冷静に自分達を見つめることができたのだと思いました。

投稿者 かりら : 2007年10月19日 11:37

MarfuaさんKAOさん!!お忙しい中、こんなに素敵なニュースを有難うございます(ペコペコ・・・)☆

davidのあの「120%の一生懸命さ」はお父さんの姿そのもの?ですね。
セブの幼少期の話〜切なくて胸が傷みますね。哀しそうな瞳の幼いセブが目に浮かびます・・大人になった今もチョット泣き虫さん?ですよね。

アマゾンから本が届いたら頑張ってじっくりshin子風に訳してみます⇒涙ふくハンカチいるかも・・・☆

Marfuaさんゴメンナサイ・チョット場所をお借りします
「AbiさんJR芦屋改札出て右へすぐモンテメール芦屋(駅ビル)の4階にあるダイチクですヨロシク!!!」

投稿者 shin子 : 2007年10月20日 00:38

shin子さん、ダイチクで何あるの〜?知りたいなぁ〜。
そうっかぁ、子供時代カルロス以外はみんな苦労してるんだ。 デビのご両親はとても素晴らしい方なんですね
ホームステイさせてくれないかなぁ?写真漁っちゃたり
して!?

投稿者 のら : 2007年10月20日 01:26

もう、本を読んだ気がしてきました、、、有難うございます。素晴らしい才能を一杯お持ちなので、羨ましいという次元のものではないです。日本語版出るまでこれをプリントして、、、、。買わなくても良いかも????
shin子さん、行くわ!

投稿者 Abi : 2007年10月20日 07:07

Davidの誠実さはご両親からのギフトなのですねえ。
何事にも一生懸命な、少年Davidが想像できます。何か本を読み終えたような
感じ、、、。あたしの手元には、まだ本は届いてないので、すばらしい訳までしていただいて、ばちがあたりそう。感謝感謝でっす!

投稿者 minami : 2007年10月20日 11:24

Marfuaさん北海道はもう紅葉シーズンでしょうか?
一休み中にまたまたスペースをお借りしますゴメンナサイ・・・

Abiさん⇒是非行って見て下さい。座り込んでお弁当食べながらユックリ見たりして〜〜警備員のおじさん来るかな!!!
のらさん⇒Marfuaさんの10/18オフ会・緊張編に書き込ませて頂きました(ディーボコーナーのあるCDショップの件です)

ひ、ひ、ひょっとして!!他のアーティストに様変わりしてたらゴメンナサイ(ポリポリ)ショップのおじさんの「パネルはずっとつかうからねぇ・・」のツブヤキが本当ならきっとまだあると思います!!!

投稿者 shin子 : 2007年10月20日 16:57

ウルスとセブはなんとなく幼い頃苦労したかなあと思ってたけど、まさかデイビットまでとは、、、。一番ショックだったかも。あの天使のような笑顔は金持ちで何の苦労もなく育ったから、、と思ってたのに。勉強不足でした。あの「Regresa Mi」のPVが彼ら自身と重なって見える?!

投稿者 沙羅 : 2007年10月21日 10:34

かりらさん>
そうですよね、振り回されることなく冷静に自分の道を歩んでいると思います。素敵な大人だわ〜。

shin子さん>
セブファンも泣き虫さんですよね!私なんか、セブは近眼でレーシックした?からドライアイなのかなーとか。(コラ!)
コメントは愛がこもっていれば何でもOKです!どんどん使ってください!あんど、お二人でオフ会されるならメールアドレスの中継もお引き受けしますよ〜。

のらさん>
カルロスも真面目に学んでいますよ〜。
デイヴィッドの実家にホームステイしたら、お料理のお手伝いもするんでしょうね〜。楽しそう!

Abiさん>
英語は誰もが This is a pen. から始めたんです!頑張って〜!

minamiさん>
本が届いたら、すごい文章量に驚きますよ!楽しみですね〜!

沙羅さん>
でも物心ついてからは、幸せな日々ですよ。ちょっとオタクだった(今も?)ことも、全部彼だと思うとカワイイ!

投稿者 まーふあ; marfua : 2007年10月22日 17:08

まーふぁさん、Kaoさん翻訳ありがとうございます。こんなにたくさん紹介していただいて、お二人とも太っ腹!!

Davidは、本人が苦労したというより、苦労しながら一生懸命頑張った両親の背中を見て育った感じですね。
それにしても、アイススケートにしろ音楽にしろ、日本ではもちろん、アメリカでも結構お金がかかりますよね?Davidは中流家庭のお坊ちゃまだと想像していたので、そういった過去があったとは意外でした。
教育熱心なご両親なのですね。

投稿者 broncos : 2007年10月23日 01:34

broncosさん>
コロラドに引っ越すときは、本当に困窮していたみたいですよね。でもその前はピアノを習ったり、コロラドではカブスカウトに入ったり、トロンボーンを習ったり。ごく普通の家庭のよう。
きっとパパが頑張ったんでしょうね〜。

投稿者 まーふあ; marfua : 2007年10月24日 10:44